ciciありむらのおとぼけ日記

好奇心旺盛なオジンがスナックでの『お店ばなし』や日常の出来事を川柳を添えて書きます。

千利休

 今日は堺自由泉の大学で「利休の生涯~映画『利休にたずねよ』から学ぶ」という講演があった。3時間の睡眠ながら興味があったので聴きに行った。
 講師は嘉永3年(1850年)からの老舗・つぼ市製茶本舗の会長が務めた。会長は85歳ながらも元気かつユーモアがあり、ある私立大学で講義をすれば大教室にも立ち見が出るほど受講者が溢れかえるとか。
 会長がおっしゃるには映画『利休にたずねよ』は誠に不親切で、登場人物名をテロップで紹介しないと内容が理解しにくいし、時代考証も満足になされていない。「よくこんなんでモントリオール映画祭で受賞したなあ。何とか賞というのはアテにならない」と批判していた。
 堺出身の千利休の映画という事で、堺市や堺商工会議所や堺観光コンベンション協会などが当映画を応援していたし堺市民も楽しみにしていたが、「映画で堺の名前が出たのは2か所ぐらいで、この映画を観た人は千利休は京都出身の人と勘違いするのでは?」と会長は不満を述べていた。
 そこで映画をもっと楽しくという事で『利休にたずねよ』の登場人物のあらましを紹介して下さったり、千利休の高弟の山上宗二が書いた「山上宗二記」について語られた。
 その中に茶会は毎回、一生に一度だという思いをこめて主客とも誠心誠意、真剣に 行うべき事を説いた語「一期に一度の会」が書いてあり、 その後、その考えを井伊直弼(ナオスケ)が高めて「一期一会」という言葉が生まれたとか。
 また「おもてなし」は、今の若い子達は滝川クリステルの専売特許の様に思うらしいが、茶道における「もてなしの心」が由来。
 「おもてなし」は見返りや対価を求めない心で、日本のお茶は無料の文化。世界中でお茶がタダで提供されるのは日本だけ。
 ザビエルが布教という名目のもとに訪れた国は植民地化していたが、日本だけはしなかった理由は日本人の高潔な心に接したから。
 欧米でのお茶の歴史は、16世紀半ば当時の欧州の貿易商達が日本のお茶文化に接した事にはじまった。
 ルソン壺は中国広東省で作り東南アジアに輸出し雑器として使われていたが室町時代から日本では茶壷として使った。
 ルソン壺は千利休と秀吉と納屋助左衛門が結託して安く仕入れて高く売って大儲けした、等々ここでは書ききれないほどの講義をして頂き、2時間があっという間に過ぎた。
 だから睡眠不足にもかかわらず最後まで睡魔に襲われる事なく楽しく勉強させてもらった。

 一句:千利休 茶道を広めた 茶の聖人
 謎かけ:千利休とかけて、車のエンジンキーをスイッチONと解く。どちらも(茶道・作動)します
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  1. 2014/01/12(日) 07:27:28|
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