ciciありむらのおとぼけ日記

好奇心旺盛なオジンがスナックでの『お店ばなし』や日常の出来事を川柳を添えて書きます。

義父の回想~憎まれ口

 お義父さんは歯に衣(キヌ)着せぬ物言いをする性格だったので、思った事をズバズバ言う。入院した時には看護婦の対応や同室の患者の咳がうるさいとかで文句を言う。
 義父が病室で小言を言った時に妻が「聞こえるから声を小さく」とたしなめると「誰に気を使(ツコ)うてんねん。ホンマの事やから言うとかなアカンねん」と逆に怒られる。
 それが原因で喧嘩をするとこがあるので、私は「87歳になって性格は変えられへんので注意したらアカン。お父さんの方言や思たらええやん」と諭すが、妻が「偉そうに言われるのが腹が立つ」と後へ引かず時々親子喧嘩をする。
 また妻と義姉は義父に辛く当られるので愚痴や不満をたらたら二人で言う。私は「お父さんはあとどれぐらい生きられるか分かれへんねんから、聞き流して思うようしさせたれや」と妻を諭す。
 義父を見舞った帰りに喫茶店で叔母たちは「生まれ変わったら、あの3人とは絶対に一緒になれへんわ」と言っていた。3人とは義父とその弟たちでみんな難しそうな性格である。
 「こんだけ憎まれ口を言うてたら100歳まで生きるで」と周囲は言っていた義父が、前日まで元気で無事に生還するはずだったのに、手術であっけなく87歳の幕を閉じた。
 妻は義父の在りし日を思い「あれだけ憎まれ口を叩いてても、死んでしもたらエエ人になるなあ」と言い、私は「お義父さんは口は下手でも内心では娘や孫の事を真剣に考えてたんやで。それが今になって伝わってきんや」と答えた。
 「お父さんは『俺が憎まれ口を言わん様になったら終わりやぞ』とよう言うてたなあ」と妻が、正直な心の持ち主の義父の憎まれ口を懐かしんでいる。
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  1. 2013/03/31(日) 04:14:12|
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写メ

a-shame1.jpg
 深夜の2時過ぎ、店でお客のM君が安全地帯の“碧い瞳のエリス”を唄っているのに回りのお客さんが寝てしまった。
 金曜日の夜なので羽根を伸ばして飲み過ぎたのか、1週間の疲れが出たのか、ヒトが一生懸命に唄っている姿とみんなが寝ている姿のコントラストが面白い。

 ママ「この光景、面白いから写メに撮っとこ」
 私 「ホンマやなあ」と写メを撮って妻と見た。
 ママ「気を許した猫がお腹を見せて寝るみたいに、みんな気を許してるんやなあ」
 私 「猫みたいだけに、ネコんでる」
 ママ「M君、真剣に唄ってるのに、聞いてあげたらいいのにね」
 私 「見てみ、モニターに“ふたりきりで眠れるように”て出てるけど、みんな寝てしもたなあ」
 ママ「催眠術にかかったみたいやなあ」
 私 「面白いなあ、歌う催眠術師」
 ママ「それはウケへん。しやけどこの写メ、ええタイミングに撮ったなあ」
 私 「感心してる場合と違うで。みんな寝てしもたら売り上げが上がれへんがな」
 ママ「まあええやん。今頃うちとこの店のええ夢を見てるから、次にまた来てくれるで」
 私 「写メだけに、しゃーめえなあ」

 一句:面白い 一瞬逃さず 写メに撮る
 謎かけ:写メとかけて、将棋の駒と解く。どちらも(撮ったり撮られたり・取ったり取られたり)します
  1. 2013/03/30(土) 07:13:20|
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ネット検索

 昨日、接客中に知らない男性が入ってきた。そして「この店にS・Sという女性客は来てませんか?」と言った。
 事情を聞くと昨年の夏に彼のお父さんが亡くなったが、S・Sは妹で数年間、会ってないので連絡が付かなかったとか。
 「どうしてこの店に辿り着いたのか?」と尋ねると、なんとか連絡を取りたいとの思いでS・Sの名前をネットで検索したら当店のカラオケ番付に載っていたので、それで見つけたとか。
 私は「Sちゃんは年に1、2度しか来(ケ)-へんけど、彼女の元カレが時々来るので貴方の連絡先を伝えておきます」と返答した。
 そして今日、偶然にも元カレが来たのでその旨を伝えたら「Sちゃんに言うとくわ」との返事。
 カラオケ番付は平成11年からネット上に掲載しているが「役に立ったね」と妻が感心した。

 一句:調べ物 ネット検索 便利です
 謎かけ:ネット検索とかけて、佐賀インターナショナルバルーンフェスタが開催される年と解く。どちらも(探し・佐賀市)です
  1. 2013/03/29(金) 04:46:23|
  2. お店
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義父の回想~リハビリ

 昨日のブログを見た人が「(高齢者が)手術後も1ヶ月以上入院せねばならない場合は、手術が成功しても筋力低下などで寝たきりになる可能性もあります」と言っていた。
 手術前、義父は担当医に「手術より手術後のリハビリの方が大変ですよ。中井さん、音(ネ)をあげたらアカンで。挫折する人もいてるけど頑張らんと寝たきりになるで」と言われたらしい。
 妻は「リハビリがものすごい痛いから大丈夫かなあ」と心配したが、義姉が「お父さん、リハビリを頑張ろな」と言ったら「うん、頑張る。皆に迷惑かけられへんからな」と答えたそうだ。
 お義父さんも義姉も手術は無事に終わると思い、その危険性よりもその後のリハビリの事ばかり考えていたという。
 だから義姉は「リハビリは私の家でして、ちゃんとなったらお父さんの家に帰ってもらうつもりや」と言い、妻は「私もリハビリの手伝いをしに行くわ」、孫娘も「私達も手伝う」と、みんな手術後の事ばかりを考えていた。
 それだけにみんなは不帰の人になるとは微塵(ミジン)も思っていなかっただけに、高齢で手術をさせたことを悔いてやまない。
  1. 2013/03/28(木) 03:54:03|
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義父の回想~延命治療

 今日、来店したお客さんのお父さんは89歳で手術をしてから植物人間になり、その後の半年間の看病が大変だったとか。だから「俺は延命治療はいらん。家族にも医者にも言う」と言っていた。
 私も「ボケたり身体が不自由になってヒトの世話をかける様になったり、植物人間になったら延命治療はいらんで」と妻に話したら、妻も「私も延命治療いらんわ」と言った。
 でも身内の場合は違う。娘が脳死状態になって2週間経過した頃、先生が「どうしましょ」と言った時に「もう少し、この世に居させて下さい」と私は言った。
 だから義父の場合も大手術の後に植物状態になった時は延命治療をしてもらえないか医者に頼む様に、私は妻や義姉に進言しようと思った。
 私は4ヶ月間も義父と会っていなかったので手術前に会うのを楽しみにしていたのに、お見舞いに行く途中で車が故障して会えずじまいになった経緯があった。
 義父も私達夫婦と会いたいと言っていたと義姉から聞いた。だから少しでも長く義父の顔を見ていたかったし、手を握って温もりを感じていたかったし、声をかけてキセキを祈りたかったからだ。
 しかし、その機会もなく大手術の後に集中治療室に入って2週間後に一度も意識が戻る事なく息を引き取った。
 孫娘も「おじいちゃんの世話をする」と言っていたが、義父は私達にとって掛けがえのない人だった。
  1. 2013/03/27(水) 05:09:12|
  2. 追悼
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サバ

 K子さんがグラシェラ・スサーナの曲を唄った。

 私 「これ、アジの女王?」
 客K「違うよ」
 私 「ほんだらサンマの女王…」
 客K「違うって!」
 私 「あ、思い出したわ。サバの女王や。青魚の名前で覚えてたんやけどサバやったんや。これでサバサバしたわ」
 客K「知ってるくせに、わざとサバよんで…」

 一句:サバ・ネタは ダジャレ駆使して サバきます
 謎かけ:偉そうにしているサバとかけて、困難を生き抜くととく。どちらも(サバ威張る・サバイバル)でしょう
  1. 2013/03/26(火) 03:26:36|
  2. カラオケ
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自転車

 妻の姪っ子が消防署の防災管理講習会に行き4年以内に大震災が来ると聞いたので防災グッズを揃えたりして震災に備えているとか。

 妻 「姪が言うてたけど4年以内に東南海地震が起こるらしいで。防災の準備を考えてるの?」
 私 「防災の準備も大事やけど、まず何処に逃げるかを考えんなアカンで」
 妻 「以前にリーガロイヤルホテルに避難する言うたけど、ビルは火災の心配があるらしいわ」
 私 「堺の刑務所は?あそこはココより高台にあるし塀も高いからエエで」
 妻 「刑務所には普通の人は入れてくれへんわ」
 私 「地震が起きそうや思たら事件を起こしたらエエねん。ほんだら刑務所に入れるわ」
 妻 「そんなん、津波が来るまでに間に合わへんわ」
 私 「ムショはアカンか?ムショーに残念や」
 妻 「冗談言うてる場合と違うで。姪が言うには大仙公園がエエらしいで」
 私 「大仙公園まで5kmぐらいあるやん。荷物持って走られへんし車は停電で信号がアウトになり大渋滞するから自転車で逃げるのが一番エエわ」
 ということで妻の自転車を買った。自転車は高校以来42年ぶりで、乗るのに自信がないので足が地に付く20インチの自転車にした。

 一句:自転車で 荷物を運んで 避難する
 謎かけ:自転車とかけて、阪神タイガース・ファンと解く。どちらも(放置・報知)はダメです。
  1. 2013/03/25(月) 05:41:01|
  2. mono
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ショッキング・ペン

a-biribiri.jpg
 この間、ドンキーホーテで面白いグッズを見つけた。
 それはノック式のボールペンでノックをするとビリビリっと電気がくるショッキング・ペンだ。
 数人のお客さんに白いメモとこのボールペンを渡して、「“必ず”という字を書いてや。筆順を間違える人が多いらしいで」と言うと、殆んどの人がボールペンをノックをしてビリビリにビックリする。
 しかし、年配になるほど鈍感になるのか効き目が通じないようだ。
 まあ、年配の人がボールペンをノックしてノック・ダウンでもされたらかなわないので鈍感でちょうど良かった。

 一句:面白い ショッキング・ペンで ドッキリや
 謎かけ:ショッキング・ペンとかけて、遊園地で子供がはぐれたと説く。どちらも(オーマイゴッ!・お~、迷子)
  1. 2013/03/24(日) 04:23:12|
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アニメ

 東京ビッグサイトで海外でも人気の日本のアニメーション産業の振興と発展を目的として国際的な商談の場を設けるべくアニメ業界が参加する大きなイベント『東京国際アニメフェア』が開かれている。日本のアニメは世界中の若者に大人気で、彼らの多くは音声を吹き変えたものよりも字幕つきのアニメを好んで見るので日本語を勉強しているとか。

 私 「以前、麻生首相が『アニメの殿堂』を建てると言うた時にみんな小馬鹿にしてたけど、あれは首相が正解やったなあ」
 客D「民主党は『国営マンガ喫茶や。無駄使いやから反対』と声高に言うてたなあ」
 私 「その民主党はバラマキ政策で、アニメの殿堂の数百倍もの無駄遣いをしてる」
 客D「民主党には騙されたなあ」
 私 「海外では日本語の教室が増えてるのん知ってるか?」
 客D「何で?」
 私 「アニメを日本語で聞いて理解したいからやて。日本の文化を広めるのに貢献してるんや」
 客D「へえ、そうなんや」
 私 「民主党は外交で失敗してるけどアニメは国際交流に貢献してるで。アニメの方が上や」
 客D「ホンマやなあ」
 私 「日本は物作りで中国や韓国に追いつかれ、抜かれてる。アニメ産業だけは負けていない」
 客D「中国や韓国は日本製のパクリやモノマネで成長したもんなあ」
 私 「アニメも油断したらパクられる。パクリされる前に殿堂に展示して『これは日本のモノや』と世界に示さんなアカン」
 客D「それに外人がぎょうさん日本に来る様になったら、経済効果も上がるしエエなあ」
 私 「アニメだけにアニメの様に世界にネットワークを広げたらエエと思う」
 客D「はいはい、アニメとアミメ(網目)なあ」

 一句:資源無い 日本はアニメで 国起こし
 謎かけ:アニメとかけて、エッチビデオと解く。どちらも(父も見ます・乳揉みます)
  1. 2013/03/23(土) 05:05:19|
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義父の回想~心のこり

 義父が亡くなって今日で1カ月になる。妻は未だに「時々義父の顔がチラチラ出てきて胸が痛くなる」と言う。
 毎年、お正月は義姉の家に義父などファミリーが集まるのだが、妻は義父とちょっとしたことから仲たがいになり「お父さんに会いたくない」と今年は行かなかった。
 義父が居なくなった今になって「姉に聞いたけど、お父さんはアンタの顔が見たいと言うてた。お正月、行っとけばよかった」と嘆いた。
 手術後「今は寝た状態やから、行っても分かれへん。意識が戻る頃に行こ」と、妻が言ったので直ぐにお見舞いに行かなかった。
 義姉も「手術の日、お父さんが誰も来(ケ)-へんのかて言うてた。こないなるんやったら、あんたらを手術の日に呼んどいたらよかった」とか、「退院したら一緒に住もなと一言っとけば、安心して手術を受けられたのに何で手術をする前に言えへんかったのかな」と悔やむ。
 妻と義父が険悪な状態だったのでお正月も会わず義父宅へも行かなかった。私は妻に気兼ねせずに自分の意思で勝手に義父宅へ行けばよかったと悔いいる。
 それが私たちの心のこりである。
  1. 2013/03/22(金) 04:48:10|
  2. 追悼
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鍼灸

 お客のN子ちゃんの息子さんは今年から鍼灸院の専門学校に入学。そして学費を稼ぐために鍼灸院でバイトをするとか。

 私 「息子さん、偉いなあ。目標を持って頑張ってるんや」
 客N「ようやくここまで育ってくれたて感じやねえ」
 私 「N子ちゃんも女手一つでよう頑張ったなあ。それで、妹はどう?」
 客N「妹、高二やけど勉強せーへんから、進級出来んかもしれん」
 私 「兄貴は鍼灸して、妹は進級せーへんのかいな。面白い組み合わせやなあ」
 客N「笑ってる場合と違うで。ホンマ、女の子は我がままやし育てにくいわ」
 私 「ほんだら妹はN子ちゃん似やなあ」
 客N「何よ、私が我がままて言いたいの?」
 私 「子供からしたら我がのママ、我がままや」

 一句:鍼灸師 しんきゅう交代 弟子に継ぐ
 謎かけ:鍼灸とかけて、タコと解く。どちらも(ツボ・壺)に入ります
  1. 2013/03/21(木) 05:06:18|
  2. お客
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義父の回想~思想

 今日は義父の四七日(ヨナノカ)、早いのかそうでもないのか、もうすぐ一ヶ月を迎えようとしている。
 いつもの様に義姉宅に身内が集まり僧侶のお参りの後、今日は四十九日の段取りや世間話をしていた。
 私は少しその会話の輪から外れて、位牌を見つめながら義父の生前のある一コマを思い浮かべた。
 「お前とは合わん!」
 義父は妻と政治の話をすると思想が違い噛み合わないので、いつも妻にそう言っていた。
 義父は朝日新聞の愛読者でどちらかといえば左寄りで、私たちは産経新聞を愛読しているので右寄り。右と左と両極端の思想の新聞を読んでいるとお互いに考え方に隔たりが生じて政治の話で二人は合わないのは当然である。
 だから私は義父とは基本的には政治の話はしないが、少しでも政治の話になると反論も肯定もせず、人生の大先輩の言葉に耳を傾けるだけである。
 妻にもそうしろと言うのだが、心にとどめておくことができない真っ直ぐな性格なので自分の考えを主張する。
 まあこの話で衝突しても親子だから後で鉾が収まるが、人々の思想は個人個人の自由であり相手に押しつけることはできない。
  1. 2013/03/20(水) 05:29:12|
  2. 追悼
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春一番

 今日の朝から南寄りの風が強まり、近畿地方では「春一番」が3年ぶりに観測された。店でその話題をすると60過ぎの男性客がキャンディーズの『春一番』を唄った。

 私 「60過ぎのおっさんが『春一番』は似合わんなあ。ハゲ一番やったらピッタリやのに」
 客W「マスターに言われたないわ」
 私 「キャンディーズのファン?」
 客W「キャンディーはよう食べるなあ」
 私 「虫歯やのに、キャンディ食べたらアキャンディー」
 客W「アキャンディーて、キャンディーが好きやもんしゃーないやん」
 私 「Wさんの好きなんはスキャンデーやろ」
 客W「それはスキャンテーやろ。ヒトをHな男みたいに言わんといてんか」
 私 「お嫌いですか?」
 客W「スキヤデー」

 一句:春一番 吹いて冬去り 春本番
 謎かけ:春一番とかけて、お化け屋敷と説く。どちらも(強風・恐怖)がともないます
  1. 2013/03/19(火) 04:01:03|
  2. カラオケ
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義父の回想~血液ドロドロ

 野菜嫌いの義父は牛肉とかフライ物とかウナギが好きで、同じ皿にのっている野菜はどけていた。栄養のバランスを無視した食生活に加えて大のタバコ好きで、前回までの入院中は看護師に内緒でタバコを吸っていた。
 その影響で血液がドロドロになり、大動脈瘤の手術をした時には血管のあちこちが詰まっていたとか。それが原因で脳梗塞になり死に至った。
 だから、義姉ファミリーや妻は敏感になり、いかにして血液がドロドロにならないか神経をとがらせている。
 「血液をサラサラにする基本は“オサカナスキヤネ”やで。“オ”はお茶、“サ”は魚、“カ”は海藻、“ナ”は納豆、“ス”は酢、“キ”はキノコ類、“ヤ”は野菜、“ネ”はネギ類」とか「ゴボウ茶がエエで」「常温の水を飲みや」「甘いものは摂り過ぎたらアカンで」「お風呂はあんまり熱いのんはエエことないで」などとテレビやインターネットで情報を拾い集めては、お互いに教え合いして血液がサラサラになるような生活を心掛けている。
 義父を反面教師として私たちはできるだけ野菜を多く摂り、週に2、3回は食べていた牛肉を1回にするなど、今まで以上に食事に気を付けるようになった。
  1. 2013/03/18(月) 04:53:21|
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女性を選ぶ基準

 合コンの話から、女性を選ぶ時の好みを聞いた。

 私 「女性を選ぶ時、何処を見るのん?」
 客G「俺は顔を見るわ」
 客M「俺、ふくらはぎを見るねん」
 私 「ふくらはぎて、珍しいなあ。大根みたいなんがエエんか?」
 客M「違う。きゅっと引き締まってるのを見たらキュンとくるねん」
 私 「俺は、心を見るわ」
 客G「外見では心は見えへんやん」
 私 「そやから、レントゲン写真を見せてもらうねん」
 客G「ホンマかいな」

 一句:選ぶ基準 色々あって 思案する
 謎かけ:女性を選ぶ基準とかけて、書類への押印と解く。どちらも(ボイン・拇印)もあります
  1. 2013/03/17(日) 07:19:02|
  2. お店
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義父の回想~スロースターター

 「滑り込みセーフ!!」
 今日、税務署がシャッターを下ろす寸前に確定申告書を提出した。締切りの3月15日17時にギリギリで間に合った。
 私は典型的なスロースターターだ。
 学校の夏休みの宿題はギリギリまで放置の追い込み型、試験勉強は一夜漬けタイプ。登校や出勤は毎朝ギリギリまで寝て慌てて家を出る。この件に関しては走ることが多かったので体力は鍛えられたと思う。
 そんな私に義父の通夜の前日に妻が「服装の用意しときや」と言った。悪い癖で明日用意しようと思っていたが、重い腰を上げて喪服とカッターシャツをタンスから取り出した。
 当日、18時からの通夜に30分前の17時半に着くつもりで、逆算して4時半から散髪屋に行き風呂に入った。しかし、計算通りにはいかず散髪で10分、風呂でも10分超過した。
 そして喪服に着替えるとネクタイが無い。スーツとカッターを用意したのだったらネクタイもチェックしておけばよかった。探すのに10分以上費やしたが見つからず行く途中で買う事にした。
 私が借りているタワー式立体駐車場に行くと、近くの会社の営業車5台が入庫待ちをしていた。帰社の時間帯を計算に入れてなかった。
 「しまった、自分の車の出庫まで15分ぐらいかかるわ」と内心焦り、「出庫待ちの間にネクタイを買(コ)うとこ」と近くのショッピングセンターへ走って買いに行った。
 さて車を出したものの、帰社とか帰宅時間が重なり今度は道路は渋滞だ。
 「風呂で髭を剃らんといたらよかった」「前日にネクタイを用意しといたらよかった」「車をその辺に置いて走って行こうかな」「自転車で行った方が早いかも?」
 信号待ちになると「脇道で前まで行き、本線の先頭車の前に割り込んだろかな」など、気を揉みながらハンドルを握った。
 斎場まで10分ぐらいの道のりが25分かかり、結局、通夜には15分遅れた。「お義父さん、ごめんなさい」
 この焦燥感が嫌で毎回「今度こそは余裕を持ってもっと早めに取りかかろ!」と思うのだが、どうしてもギリギリまで腰を上げられない厄介な性格の私である。
  1. 2013/03/16(土) 05:17:27|
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義父の回想~呼び出し音

 私たち夫婦は仕事があるので遠くの病院のICUに入っている義父を再々見舞いには行けないが、義姉は隠居中なので毎日義父を見舞いに行き妻の携帯に容態を報告をしてくれていた。
 妻の携帯に呼び出し音が鳴る度に「悪い知らせかも?」と思い私たちはビクッとする。妻は毎回「怖いわあ、どうしよ」と不安に怯えながら電話を取る。
 手術の6日後に携帯の呼び出し音が鳴った時も心に不安がよぎった。そして妻に「お父さんの意識が戻らなくなる」と義姉が涙ながらに訴えた。
 家族全員が元気に戻ってくると信じていただけに妻も私もその電話の意味に動揺して、その日以降の電話の呼び出し音には毎回ビクついた。
 9年前、娘が入院いていた時も電話の呼び出し音が怖かった。
 入院して1週間目から意識がなくなり担当医の話では奇跡を期待するしかないと言われ、毎日毎夜、ご先祖様に手を合わせて「奇跡で娘を助けて下さい」と祈願した。
 そして入院して1ヶ月目、病院から「容態が急変した」との電話があり、取る物もとりあえず車を飛ばして娘の元へ駆けつけた。
 重い空気に包まれたベッドの中の娘は生気のない顔をして眠っているだけで、いくら呼びかけても何も答えてはくれなかった。
 病院に着いて3時間半後、私たちの切なる願いは届かず、奇跡は起きることはなく娘は息を引き取った。
 そんな経験があるだけに電話の呼び出し音にはビクビクさせられ、娘の時とダブり悪夢が脳裏をよぎった。
  1. 2013/03/15(金) 04:06:09|
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ふりかけ

 久しぶりに来たお客さんが私の頭を見て一言…

 客S「マスター、暫く見(メ)ーへん間にハゲがひどなったなあ」
 私 「そうや、薄なったわ。何かエエのんないかなあ」
 客S「スプレーでふりかけるのん塗ったらエエねん。即効性があるやん」
 私 「しやけど、俺、プールに行くのに、入る時は黒々で出たらツルツルやったら恥かしいわ」
 客S「なんや、プールに行くんかいな」
 私 「それにプールが汚れる言うて怒られるわ」
 客S「店に出る時だけ、ふりかけのスプレーを振ったらエエやん」
 私 「でも、アレ高いのんと違うのん?」
 客S「さあ、どうやろなあ」
 私 「ふりかけだけに、ツケで売ってくれるかも知れんなあ」
 客S「何で?」
 私 「ふりかけ…うりかけ(売り掛け)…」
 客S「・・・・・」

 一句:スプレーを さっとひと振り ハゲ隠す
 謎かけ:ふりかけとかけて、ギャンブラーの軍資金と解く。どちらも(かける・賭ける)のに使います
  1. 2013/03/14(木) 04:22:55|
  2. hair
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義父の回想~華奢(キャシャ)

 今日は義父の三七日(ミナノカ)。私はキツイ花粉症で欠席しが先週の二七日(フタナノカ)は妻が風邪で欠席した。だから妻はみんなと顔を合わせるのは葬式以来で、少し痩せた妻の身体を見て心配したそうだ。
 妻は昨年パセドー病やC型肝炎の他、複数の病を患い43kgあった体重が33kgまで減らした。体力を付ける為に半年以上かけて42kgまで戻したが、風邪での食欲低下と義父の死でまた減らして40kgを切ってしまった。
 妻は未だに「お父さんの顔がチラチラ浮かぶ」「まだ受け止められへん」と胸を痛め、寝る時にも「お父さんの事を思うと眠られない」と眠剤に頼っている。
 妻は元々神経質で華奢な身体つき。私はよくお客さんに「ママは?」と聞かれると「クシャミしたら何処かに飛んで行ったわ」と言っている。
 そう言えば生前、義父が妻に「紙切れみたいにペラペラやなあ。もっと肥えんなアカンで」と言い、華奢な身体の妻を案じていたのを思い出した。
  1. 2013/03/13(水) 04:03:31|
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避難

 東日本大震災が起きてから今日で丸二年になる。

 私 「東日本大震災、もう二年になるなあ。被害に受けた人が可哀想やね。グスン」
 お客「何も今、泣かんでもええやん」
 私 「俺、花粉症やねん」
 お客「花粉症かいな、ややこしいなあ」
 ママ「東南海地震起きるかも知れへん言うてるけど、地震に備えて何か準備してる?」
 お客「水とか食べ物とか」
 私 「食べ物はチョコがカロリー高いからええで」
 ママ「乾パンは?」
 私 「喉が渇く。せっかく備蓄してた水がすぐになくなるわ」
 ママ「私は、防災グッズを少し準備してるよ」
 私 「防災グッズもエエけど、まずは足腰を鍛える事やで。足腰を鍛えん事には津波で逃げ遅れたら元も子もないからなあ」
 お客「津波が来たらどこに避難するのん?」
 私 「俺、戎島団地。あそこは耐震工事したし14階建てやから津波も大丈夫や」
 ママ「何ぼ耐震工事した言うても戎団は古いから、私はリーガロイヤルホテルに行くわ」
 お客「夫婦別々やなあ。ホンマは避難をええことにして、ママから逃げたいねんやろ」
 私 「いや、そんな事は無いで。余計な事を言うてモメささんといてんか」
 ママ「避難するんやったら何を持って行く?」
 お客「そうやなあ、枕やなあ」
 私 「なんや、枕変わったら寝られへんのかいな。俺はパソコン持っていくわ」
 ママ「しやけど、電気が復旧するまで使われへんで」
 私 「ほんまやなあ、でんデン気がつかへんかったわ」
 お客「それに避難してみんなが困ってる時にパソコンなんかやってる場合と違うで」
 私 「避難所だけに非難されるかなあ」

 一句:大地震 避難の準備は 自信大
 謎かけ:避難とかけて、領土問題と解く。どちらも(韓国・勧告)がつきものです
  1. 2013/03/12(火) 05:29:55|
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義父の回想~逆仕送り

 義父は気遣い屋だ。
 7年前、妻がC型肝炎を患いインターフェロンの副作用を恐れて高価なサプリメントで治そうとした時、娘の病気で夫の私に負担をかけさせまいと気遣って義父が毎月薬代とて数万円援助してくれていた。
 妻が高級サプリメントでは効果を得られず、昨年病院でインターフェロン治療してほとんど治った後も生活の足しにと援助してくれていた。
 また、少しでも店の売り上げに協力をしようと、本人はウイスキーは飲まないのに娘の為に少ない小遣いの中から何度かボトルキープをしてくれた事がある。
 本来なら私たちが仕送りをしなければならないのに、妻だけに援助をしては不公平になるからと無職の義姉や3人の孫娘にも僅かながら亡くなる寸前の月まで逆仕送りをしていた。
 私たちがお返しに食事に誘うと「無駄なお金は使うな」と、父の日や誕生日以外はほとんど断る。
 毎月、15日ぐらいになると「美也ちゃん、(銀行に)入れといたからな」と妻に電話をかけてきた。親子喧嘩をしていても欠かすことなく振り込んでくれた。
 不景気が続き営業が厳しい中、こうして私たちの生活を考えてくれていた義父の厚情には、亡くなられた今でも身にしみて有難く感じている。
  1. 2013/03/11(月) 04:42:20|
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義父の回想~休業

 義父が亡くなり店を休むべきかどうか迷った。しかし私は父や母や兄や姉が亡くなった時も店を休まなかった。
 私の父親は「男は仕事が一番やからどんな時でも仕事を休むな」と私に教えてきた。だから私は仕事だけでなく学校もサラリーマン時代も店をしてからも高熱を出した時もずっと皆勤賞を通した。
 といっても、5回だけは自分の決めごとを破ったことがある。
 1回目は50代半ばにギックリ腰になってピクリとも動けなかった時。次の日はおもいきり湿布を貼ってコルセットを巻いてつかまり立ち、つたい歩きしながら出勤した。
 2回目は娘が亡くなった時である。この時はさすがに夫婦ともども生きる望みを失くし何もやる気が起こらなかった。それと喪主である私にはすべき手続きや用事が多くて10日間も店を休んだ。
 後の3回は60歳からの手術入院した時なので休まざるを得なかった。しかし休んでいる間にわざわざ店に足を運んでくれるお客さんに申し訳ないので、医者は1週間以上入院と言っていたが2日目に退院して店に出た。
 そんな私が義父の死去により、それで店を休んでは却って義父が気を使うのでは?と、私の父母と兄や姉の時と同じ様に勝手な解釈をして店は休まなかった。
 「仕事に責任感のある婿に娘を預けて安心した」、と義父に草葉の陰で喜んでもらえれば幸いだ。
  1. 2013/03/10(日) 05:11:51|
  2. 追悼
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顔色

 いつも8時半ごろに来るTさんが11時前に来た。

 ママ「珍しいねえ、私よりも遅く来るのは」
 客T 「残業で仕事が終わるのんがかなり遅なってん」
 ママ「いつもより顔色が悪いね」
 私  「疲れたところを見せよと思て、おしろい塗ってきたんやろ」
 客T 「そうそうみんなに同情してもらお、思て」
 私  「同情するより金をくれ、やろ」
 ママ「安達祐実かいな」
 客T 「ホンマは同情するよりツケ払え、て言いたいんやろ」
 私  「分かるう?」

 一句:顔色で 身体の調子を 判断し
 謎かけ:顔色が悪いとかけて、風力発電と解く。どちらも(風邪・風)が気になります
  1. 2013/03/09(土) 07:39:50|
  2. お客
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梅林

 お客のK子さんが先日、娘さんと大阪城の梅林公園へ行って来たとか。

 私 「どうやった?」
 客K「よかったよ」
 私 「梅言うたら神戸市灘区の岡本梅林公園が有名やなあ」
 客K「そうね、昔から『梅は岡本、桜は吉野、みかん紀の国、栗丹波』と謳われてたもんね」
 私 「しやけど昔、山崩れや第二次世界大戦の戦災、戦後の宅地開発で梅林は殆んど消滅したんやて。今は寄付を募って復興した梅林公園らしいで」
 客K「あら、そうだったの」
 私 「寄付を利用して名前を売る人は、梅林公園が売名行為になるなあ」
 客K「梅林公園と売名行為…ちょっと苦しいね」
 私 「私有地が寄付されて公有の梅林公園になったとこもあるで。何処か分かるか?」
 客K「分からないわ、どこやの?」
 私 「寄付だけに岐阜」
 客K「またダジャレ?」
 私 「いや、これはホンマやで。『ぎふ梅まつり』という催しがあるぐらいやから」
 客K「よくご存じね」
 私 「こういう商売をしてると、出張の人とかで色々と情報が入るねん」
 客K「なるほどね」
 私 「この日本の梅林の良さを外国人にも伝えたいね」
 客K「でも、マスターは英語を喋れるの?」
 私 「今は喋られへんけど、とりあえず梅林の英訳だけでもマスターしよかなあ。ほんだらバイリンガルになるで」
 客K「うちの娘は英語は得意よ。梅林の外国人向けのガイドでもさそかな」
 私 「ほんだらバイリンギャルやなあ」

 一句:梅林の 白き花びら 春香る
 謎かけ:梅林とかけて、商品を売りつくすと解く。どちらも(観梅・完売)します
  1. 2013/03/08(金) 05:12:39|
  2. お出かけ
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義父の回想~電動自転車

 義父は高価な電動自転車を買ったものの普通の自転車の方が乗りやすいと、扱いが面倒な電動自転車を1度も使った事が無い。そして盗られたらアカンと部屋の中に置いている。
 全然乗らないので私にやると言っていたが我が家には普通の自転車が2台あり置くところが無いので、妻は「他の人にやり」と断った。他の人も高価なモノなので盗られたら気を使うとか、置くスペースが無いとかで断った。
 再びた私にやりたいと言うので「お父さんが持って行き場に困ってるんやったら、俺とこの1台を処分して、電動自転車を引き取ろ」と妻に言うが、「家の前に置いてて盗られてもしたら何を言われるか分からへんし、皆が断るモノを私とこは要らん」と断った。
 そこから義父と妻はギクシャクした。お互い頑固なので仲が修復する事無く、それから3カ月後に義父が手術、植物人間、死去に至った。
 電動自転車の話になると「あの時、私が折れて引き取っていればよかった」と妻は臍(ホゾ)を噛んだ。
  1. 2013/03/07(木) 03:10:25|
  2. 追悼
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ビ、ビックリ!

 夕方の6時10分頃に女性の声で「そちらに行きたいのですが、場所を教えて下さい」との電話があった。現在地を聞くと南海本線堺駅南口。当店から徒歩で4、5分のところだ。
 丁寧に教えたが、「店は8時からですよ」と言うと、「私、方向音痴なので時間かかると思います。また、分からなかったら電話してよろしいですか?」と彼女が答えた。
 「この店を探しているうちに自分の家に辿り着いくのでは?」と思いながら、急いでお風呂に入り夕食をとった。
 電話から1時間以上も経ち妻と「もう、来(ケ)ーへんのと違うか」と話していたら、食事を終えた7時30分にまた電話がかかる。
 「シャトルバスの停留所前にいるのですが…」「そこは逆の方向や。途中で銅像のある橋を渡ったやろ。そこへ戻りそのままガード沿いに100m歩いて左手に八剣伝があって~」
 これで分かるやろ。遅くても8分ぐらいで着くと思い急いで店に出たが一向に来ない。8時前にまた電話。「今、八剣伝のところに~」「そこから信号が見えるやろ。そこの橋を渡って~」
 「分かりました」の返事を聞いたが心配になって橋のたもとまで迎えに行った。
 今まで南口から当店までの道順を教えると大抵の人は徒歩で5、6分で来るのに約2時間もかかり、彼女のあまりの方向音痴ぶりにはビックリした。
 そして若い女性が1人だったのと、交通網が発達している大阪で高いお金を出して北区天神橋からタクシーで来たのにもビックリだ。
 当店に来た動機を聞いてまたビックリ!というのは約7年前に私が出演した『なるとも』を見たからだとか。とうの昔にこの番組が終わっているのによくぞ覚えていたものだと感心しきり。
 そして飲み物を聞くとウィスキーのオン・ザ・ロック。サービスで多めに入れたのだが4杯も飲んだ。当店に来るまで少し飲んで来てのロック4杯にこれまたビックリ。
 これ以上驚かされたら年寄りの私は腰を抜かしてしまうわ(>_<)

 一句:自分より 酒豪の女性に 驚かされ
 謎かけ:ビックリ!とかけて、剣道で不意に頭部を打たれたと解く。どちらも面くらいました
  1. 2013/03/06(水) 06:59:50|
  2. お客
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義父の回想~義姉

 義姉は二人姉妹の長女で以前は居酒屋をしていたが、たまたま店を辞めてフリーだったので「あんたらは店があるから」と私たちの分まで義父の面倒を看てくれた。
 義姉には3人の娘がいて、彼女達も病院への送り迎えなどのサポートしてくれているので、私たちは安心して甘えていた面がある。
 大切な人が亡くなれば誰しも大変なショックを受けて全てにおいて無気力になってしまうものだ。だが、義父の死亡の後には市役所、社会保険事務所、税務署、病院、銀行、郵便局、携帯電話ショップなどに行ってしなければいけない手続きが山ほどある。
 私は「俺も手伝うから、手続きは手分けをしてするように義姉さんに言うて」と妻から申し出ても、義姉は「喪主の長女しか出来ない事が沢山あるから、あんたら必要な時には頼むわ」と言って自分達で済まそうとする。
 「手続きがややこしいらしいので、私らがいてたら却って足を引っ張るかも」と、妻は義姉に任せることにした。
 だから気遣い症の妻は、時々義姉のファミリーを食事に誘って労をねぎらって穴埋めをする。お互いに出来る事をして助け合えば良いと思った。
 義姉は長女の役目を十二分に果たしたしてくれた。彼女のお陰で私たち夫婦は安心して仕事が出来たと思うので、本当に心から感謝をしている。
  1. 2013/03/05(火) 05:46:47|
  2. 追悼
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義父の回想~カラオケ

 年配のお客さんが村田英雄の“夫婦春秋”を唄ったら、妻が「アカンわ」と言って長暖簾の奥の厨房に隠れた。
 お客さんの歌が終わり一段落ついてから厨房から出てきた妻に尋ねたら、「お父さんが好きな歌やってん。カラオケ言うたら、いつもコレを唄っててん」と目を潤ませながら言った。
 義父は他に田端義夫の曲の“かえり船”を軽快に唄っていたのを思い出した。また軍歌の“乃木将軍”を口ずさんでは、厳しった戦争の体験を語っていた。
 一度、孫の家族を含めた食事会の後に行ったカラオケ喫茶が余ほど楽しかったのか、時々その店の名前を義姉に言っていたと聞いた。皆んなとまた行きたかったのかな。
 また義父の要望で彼のいとこの娘のカラオケ喫茶へ一緒に行ったことがある。泉北ニュータウンから離れたややこしい場所にあり、途中でヒトに道を聞いたりして1時間半の珍道中。
 その店では、私に「何か1曲唄(ウト)うてや」とリクエストをしては店のママさんや従業員に「NHKののど自慢で優勝したんやで」と自慢していた。
 その思い出をよく知り合いに嬉しそうに言っていたとか。この時ばかりは多少は親孝行が出来たかな。
  1. 2013/03/04(月) 05:13:59|
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義父の回想~手すり

 義父は足腰が悪いので、家に招いても1階が店で2階と3階が住まいの私の家には2度泊っただけで、それからは来たがらない。
 何度も「手すりを付けたら行くわ」と言われていたが、私たち夫婦にはまだ必要が無いからと取りつけていなかった。
 ある日義父が「俺が払うから」と義父宅に手すりを取り付けた施工業者を我が家によこしたが、見積金額が高かったので「勿体ない、自分で付けるから」と断った。
 そのうちにそのうちにと思っているうちに今日まで至り、結局は手すりを取り付けずじまいに終ってしまった。
 義父は妻に「あんたら歳をいった時に手すりが必要になるで」と言っていたのに、私たちは切羽詰まっていなかったので、「そのうちに」と軽く考えていた。
 義姉も言われていたらしくお見舞いの時に「手すりを付けるから」と言っていたが、義父の足腰の辛さを理解してあげる事が出来なかった。
 義父が亡くなった今となっては、もっと早く手すりを付けていたらよかったと後悔するばかりだ。
  1. 2013/03/03(日) 04:06:06|
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義父の回想~外食

 妻は一人暮らしの義父の食生活を心配し、時々食事に誘うが「俺の事は心配せんでもエエから」といつも断られる。
 私たちの店が不景気でヒマなのを知っているので、私たちに無用なお金を使わせたくない優しい親心がヒシヒシと伝わる。
 しかし孫が勤めているレストランだったら付き合ってくれる。その店の経営者を知っているので、孫の顔を立てる為である。
 大正生まれの義父は頑固で口はヘタだが、心の中では私や娘や孫たちの事をいつも気にかけてくれている。
 孫の勤める店の料理ばかりでは飽きるし他の店は付き合ってくれないので、何度か好物のうな重を買って義父宅に行き一緒に食べたことがある。義父は喜んでくれ、世間話に花を咲かせたことがある。
 義父が一押しのうなぎ屋は数年前に店じまいをしたので、近隣では有名なうなぎ屋のうな重を買う。だが私たちが利用する日曜日の夜の時間帯は営業したり休んだりで不特定であまり買う事が出来ない。
 本当はもっとうな重を買って義父宅へ何度も行きたかったが、そのうなぎ屋の都合であまり買えなかったのが残念に思う。
  1. 2013/03/02(土) 04:59:11|
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